開発の仕事がない
独立系ソフトハウス A 社の第一技術部長 M 氏は今大きな窮地に立たされている。
第一技術部は A 社発足の契機である銀行/証券系のアプリケーションソフトウェアを担う主流部門である。業界業務に極めて精通した技術者を取り揃え、卓越したチームプレイによる作業展開は銀行業界や証券業界において高い評価を得ている。
とくに銀行系システムでは第 2 次オンラインを皮切りに、第 3 次、第 3.5 次化へと常にバンキングシステムのリードオフカンパニーとして業界全体を牽引してきたと自負している。
しかしバブル崩壊後の景気の冷込み、とくにサービス系コンピュータシステムをリードしてきた銀行・証券業界の落込みは厳しく、開発のための需要の極端な減少傾向が続いている。
第一技術部への最近の作業依頼を見ると銀行 / 証券会社の支社・支店の統廃合や業務縮小にともなうシステム改修保守作業がほとんどである。
数十億円のビッグプロジェクトで 100 人、 200 人単位のジョブを指揮してきた M 部長にとって、この状況をどう打開するかが大きな課題となっている。
さしあたっては COBOL や PL/I 技術者の多数勢力の技術シフトが当面の問題である。まさに旬、百花繚乱、我が世の春を謳歌している PC 技術者への転換が最良と思えるが、大型汎用コンピュータ一筋の技術者陣にとって電卓やテレビの延長線みたいなコンピュータでのシステム開発はとてもプロの仕事とは思えない。
今までの 20 年近くにわたる経験やノウハウのしまい場所にジレンマを感じつつも多数のアイドル要員を目前にして、 M 部長は、 「PC 開発環境ベース」習得への技術シフトを思い悩んでいた。
チャンス到来
「実のある技術習得は講習会や本ではない、仕事を通じて体得するもの」を信条とする M 部長に、部下の技術シフトが実現できる願ってもないチャンスが訪れた。
メインフレームでの基幹バンキングタシステムの開発 / 保守での長年の付き合いのあるK銀行から基幹システムをサポートする PC ベースの情報系システムの提案依頼が舞い込んできたのである。
聞けば、支店の統廃合を積極的に進めたK銀行では、支店あたりの業務量が増大しているが行員を増やすことはできない。そこで情報化投資を実施し、業務処理の効率化、文書の電子化による情報の共有化と省力化、さらに取引データの高度活用を実現するシステム導入を検討することとした。
システムは、支店内に PC サーバーを設置し、行員の各デスクには 1 台ずつの PC クライアントを配置する。 PC サーバーは基幹メインフレームコンピュータの取引 DB と接続し、定期的なダウンロードを実施する。もちろん支店間サーバーとの連携も行う。
クライアント PC では、取引データの統計情報や履歴を瞬時に見ることができ顧客サービスにも役立つ。さらに、行内や支店間の伝票類、決済書類の電子化と再利用 (ワークフロー) 、電子メールや掲示板などのコミュニティ (グループウェア) も活用する。
M 部長にとっては銀行内の伝票の流れ、どんな取引データの統計情報が必要かなど今さら聞くまでもない。 PC システムへの技術トランスファへの千載一遇の好機である。
しかし一つ残念なことは、米国ベンダーの日本支社や、銀行業務の経験も無いようなベンチャー会社も含めた 7 社によるコンペであるという。
当然、M 部長としては長年の付き合い、銀行業務のノウハウを武器に随意契約を画策したが K 銀行の意志は固くオフィシャルコンペが正式に決定した。
プロポーザルと見積り作戦
コンペに勝利するには提案内容の他社との差別化が重要である。幸いにも第一技術部には長年の銀行システムのノウハウが蓄積されている。 M 部長を中心とした数名のスタッフは、銀行員でも驚くような、まさにかゆいところに手が届くプロポーザルを作成した。
その内容は次の 3 つに大別できる。
随所に、銀行業務に精髄している会社ならではの様々な工夫を凝らしており、 M 部長としても会心の作である。プレゼンテーション用の OHP 作成も終了し、いよいよコンペに臨むこととなった。
提案内容が銀行業務をくどくどと前面に出てる点は気になるが、それよりも見積り金額と納期である。
技術者の PC システムでの OJT をかねる政策的な面からビジュアル系開発ツールによる全面手づくり、フルスクラッチソフトウェアである。
完成までに 1 年は必要であり、投入要員ベースで考えても見積もり金額が思った以上にかさんでしまった。
でもここまで銀行業務を知り尽くしてる会社は他に考えられないし、この程度の金額と納期なら、今までの経験からいえば問題は無いだろう。
失注、その要因は・・・
結果から言えば、 A 社は見事に受注に失敗した。勝利したのは、ワークフローやグループウェアに世界的なヒット商品 ( デファクト・スタンダードになりつつある ) をもつ米国 N 社の日本子会社である。 M 部長の落胆は大きかった。しかし M 部長自身、今回のシステムは今までとは違う異様な感じが否めず、もしかしたら・・・危惧を途中から感じはじめていたのであった。
しかし今後のためにも、銀行一筋で歩んだ自分自身を納得させるためにも、その経緯を知っておく必要がある。 M 部長は K 銀行の人脈をたどって調査した。
最終的には我が A 社と N 社に絞られたということであった。どちらかと言うと現場サイドも含め大勢は A 社が圧倒的に有利であった。 N 社は取引データ分析、グループウェア、ワークフローいずれもフレームワークを前提としたシステムインフラ中心の提案である。
現場業務のための具体的な内容はほとんどなく、どう使いこなすかなどの業務面からのアプローチは “専門家である自分自身でモデリングせよ” 式の提案であった。 M 部長の経験から見ればコストの点で生き残ったとしか思えない。
しかし大逆転を演じたのは、あるトップの次の一言である。長文で申し訳ないのがその全文を掲載する。
「バブルの終焉を迎え、今社会は価格破壊など大きなパラダイムシフトに突入している。産業構造、社会構造もこれから大きな変革が訪れるだろう。銀行は不良債権など、目の前の課題に四苦八苦している状況ではあるが、この大きな波を忘れてはならない。
昔、電話がまだ一般化されず高価であてに出来ない頃には、本社は他支店、顧客との伝達は、もっぱら“小遣いさん”と呼ばれる飛脚にも等しい人間の足であった。
それが電話の本格的導入により銀行業務のスタイルが大きく変化し、取扱い量も大幅に増加した。同様に銀行オンラインシステムの導入もそれに等しいインパクトがあった。いずれも銀行業務が抜本的に改革されたのである。
銀行の倒産もありうるこの未曾有に不景気の時に、今の業務がどれだけ便利になるか、良く銀行を判っている提案だ、もう電話しなくてもすむなどの点でこれからのシステムを決めていいのだろうか。今のこの業務スタイルがベストで永遠に続くのだろうか。
たしかに、 A 社の提案は現行の銀行業務に通じたすばらしいものであり、現在の銀行業務を普通列車にたとえるなら急行や特急並に改善されるだろう。
しかし、どう見ても同じ線路を走ることが前提となっている。新幹線は通れないし、地下も走れない。なかんずく夢のようにそのシステムは空も飛べない。
私にも食事でもしながら考えられる、その程度である。 A 社に新しい銀行業務の改革を提案させるのは酷な話であり、それは 「今そこにある危機を」実感し、明日も生きていかねばならぬ私達銀行マンの仕事である。私は少なくとも現行業務を前提とした利便性の追求や改善という点で今回のシステムを位置づけたくない。
その点 N 社はいろいろなフレームワークがあるにせよシステムインフラベースの提案である。極端なはなし、 NTT とまったく同じで 「電話は引きました。あとはどうぞ御勝手に」である。どう使おうが、使われようが利用者のセンスである。行員 1 人 1 人の机の上にオープン化対応の PC 1 台がある。それは本店、支社店、主要顧客はもとより全世界につながっている。このインフラをベースに私達自身で新しい銀行業務スタイルがつくれないだろうか。電話、銀行オンラインの出現によって生まれてた業務改革が再び実現できないだろうか。改善より改革、その可能性、また行員 1 人 1 人の創造性に期待して私はすばらしいシステムインフラの提案である N 社を推奨したい。
どこよりも早くシステムで空を飛ぶために・・・・」
筆者が現場で直接聞いたのではないので不正確な点を含む可能性はあるが、意図は理解していただけることと思う。
M 部長の道
この話は M 部長を大いに刺激した。業務ノウハウは重要であるが、しかしそれは時代、進歩とともに陳腐化する。また新しい事業モデルと共に陳腐化させなければならない。コンピュータシステム自身がそれを急激に押し進めているのである。
M 部長はこれからのシステムづくりを次のようにイメージするに至った。
今までは 1 〜 5 が漠然としており変化、進歩の吸収の無い説得力に欠ける企画提案であったと反省している。
経験が邪魔するのでなく経験が活きてくる、他社と差別化できる戦略である。不足しているインフラは得意とする外資系 N 社とのコラボレーションの展開により相互に大きなメリットが生まれる。結果として会社のマーケットもひろがる。 N 社を競合者とするのではなく銀行証券系を中心としたパートナーとして協調連動する。
早速、 M 部長は電話を取り上げ N 社のダイアルを廻した・・・・。
さて、タイムインターメディアは創業 5 年を迎えた。良く言えば先端技術屋集団、いわゆる技術バカ、オタクの 80 余名集まりである。マーケティング志向の希薄なこの集団がなぜに生き残り売上もそこそこ伸ばしているか。まさに
技術 × 結合 = 創造
マーケティングのしっかりとした他社とのコラボレーションのたま物である。
その他にもいろんな会社が支えてくれている。
いずれもシステムの成果が出し続けられるようライフラインをケアしている。
誇りとさせて欲しいのが、相応の評価を頂き一度お取引を下さったお客様との縁が途切れることなく続いていることである。
最近は先にプレスリリースした 「Kabayaki」など自社事業にも目を向け始めたがどうしても技術先行、マーケティングが苦手な技術者集団、さてどうなることやら・・・
当社技術とコラボレーションしたい企業、大歓迎です。
互いに大きく飛躍しましょう。ご連絡お待ち申し上げます。
・・・・空を飛ぶシステムを実現するために・・・