A 社の現状
電子部品製造メーカである A 社は、確固たる基礎研究に基づく製品化が功を奏して順調に業績を伸ばしている。家電、自動車などの大企業を安定ユーザとして抱えており、経営も比較的安定しているせいか、社員の定着率も高い。社内風土は製造メーカという立場上、伝統的に研究部門、製造部門が強く、総務、経理、営業の間接スタッフは多少肩身が狭い。もちろん、社長をはじめとする役員のほとんどは研究、製造部門の出身で占められている。
A 社の情報処理課は総務部に属し主に経理、給与、人事、在庫に関する処理や運用を担当している。
研究部門で使用している CAD や数値解析用コンピュータは現場管轄で情報処理課はタッチしていない。
情報処理課のシステムは某コンピュータメーカの販売代理店 B 社の推奨するハードとソフトパッケージを使用している。ワンマンともいうべき A 社の創業社長と B 社の社長が同窓という関係もあり、コンピュータシステムの導入については B 社が一括して請負う状態が続いている。
総務部長からの相談
ある日、情報処理課長 S 氏は総務部長より次のような要請をうけた。 「倉庫に保管している各種部品、製品ごとの設計書、設計図面、マニュアル類、さらに調達や販売にかかわるあらゆる文書を電子化してほしい。 」
この要請に基づき、調査を行うと次のことが判明した。
早速、 S 課長は上記要請を取りまとめ、 B 社に相談を持ちかけた。 B 社より数年前に開発しパッケージ化されている 「文書管理システム」の提案があった。このシステムは、文書 ( 設計図面等を含む ) をイメージスキャナで読みとり、リムーバブルディスクに記憶する。検索のためのキーワード ( 年代、部門、文書名など ) を文書とペアで指定入力すると、取り出し ( 検索 ) が可能となるしくみである。 1 枚のリムーバブルディスクに数万ページもの文書がファイリングできることに驚嘆した S 課長は、大幅な省スペースが実現できるものと即導入を決定した。ただネックは倉庫内の文書があまりにも多すぎて、全部入れ終える ( 電子化 ) に 2 年近くを要することであった。これには、総務部員がローテーションを組んで対処することとした。
部門長からのクレーム
全体文書の 1 / 4 ほどの電子化が終えころ、各部門 ( 研究、製造、調達、営業など ) の部長や課長から、従来に比べて文書を入手するのに時間がかかりすぎるとのクレームがあった。文書管理システムの導入により必要文書の引き渡しは次の手順にしてある。
新しい年代の文書から順に、電子化してきた関係上、後者による引き渡しがほとんどである。文書引き渡しが遅い原因には、リムーバブルディスクを見つけ出す時間、ディスクかけかえ時間、検索文書を特定するためのキーワード設定時間などに多くの時間を費すケースが多かった。
S 課長は、製造部長の漏らした一言 「そんなこと現場でやれれば簡単に検索できるのに」をヒントに各部門に検索端末 ( パソコンとプリンタ ) を配置するアイデアを思いつき、 B 社に相談した。 B 社との協議の末、次のようなシステム構成の変更案を作成し導入に踏み切った。
最優先で対処したため、現場教育も含めて 3 か月で本格的稼動にこぎつけた。文書の入手時間の短縮は顕著であり、必要文書が即時に取り出せるということで大変好評であった。
現場からの要請
バージョン 2 の文書管理システムは会社全体に融合し、必要不可欠となってきた。倉庫内の文書は約半数が電子化され、順調に進行中である。
S 課長が、自分の成果にほくそえんでいたころ、現場から次のような要望が出された。
S 課長はまさにデットロック、ほとほと困り果てた。
しかし、幸いにも、 SI ( システムインテグレーション ) ベンダーとしての脱皮を図っていた B 社の対応は柔軟であった。自社系列のハード / ソフトにとらわれない最新型のクライアント / サーバーシステムの提案があった。
まさに総取り換え、生き残ったのはリムーバブルディスクだけといったあり様である。
B 社としても SI ベンダーの初仕事でもあり、モデルプロジェクトとしての意気込みもあるので、比較的低コストで構築できた。
しかし今までの 2 年間は何であったのかと S 課長は思わずにはいられなかった。倉庫の省スペース化を目指した単なる文書管理システムが、今では全社の業務を左右する基幹システムへと成長を遂げたのである。それも、文書の電子化もまだ終えていないわずか 2 年間で・・・・・。
単なる小石程度の総務部への波紋が会社業務全体へと波及していったのである。
会社としても業務遂行におけるコンピュータシステムの役割の重要性、産業界の進歩をリードしつつ発展してきたコンピュータシステムを再認識せずにはいられなかった。
情報処理課は情報システム部に格上げされるとともに、役員間でいろいろの議論はあったが、 S 課長が初代部長として就任した。
守から攻へ
S 部長は、短期間のうちに、高い授業料ではあったがシステムの成長する様子を体得した。コンピュータシステムの技術的進歩と応用の可能性の情報収集がすべてであると実感した。さらに、情報を分析した上で社内的に、対外的にどのように業務運営をすべきかを他社に先取りする形でトップに提言することの必要性も痛感した。
今、S 部長は CALS ( Continuous Acquisition and Lifecycle Support ) に着目している。
CALS とは、製品のライフサイクルを統合的に管理し、それに付属する電子情報 ( 文書、図面、画像、音声など ) の表現方法、伝達方法を統一化するものである。
これにより、営業、設計、調達、開発、流通など、製品にかかわるさまざまな部門、企業としての取り組みが迅速になり、大きな効果が期待できる。まさに国際的視点でのコンカレントエンジニアリングやバーチャルコーポレーションの可能性を秘めている。
A 社では、 A 社を取り巻くエンドユーザ、調達業者など国内外の数十社で CALS プロジェクトを発足させた。
もちろん、このプロジェクトの指導的立場で活躍するのは、 A 社トップにこの答申を行った S 部長であるのは言うまでもない。
さて、このシステムの進化をたどってみよう。大きく次の 4 段階に区分できる。
ステップ 1 | 総務部の発案で 「文書管理システム」を採用し省スペースと総務部の効率化のみを図る。 |
ステップ 2 | いいものであることが全社的に認知されたのを踏まえて、この 「文書管理システム」を他部門、現場レベルまで拡充する。その際、全社的な LAN インフラも構築。 |
ステップ 3 | 「文書管理システム」を検索のみならず再利用も含めた文書ワークフローにステップアップし原価管理、経理、在庫、出荷などと連動した社内トータル基幹システムとする。 |
ステップ 4 | 関係 / 関連会社、顧客も含めた CALS 構想構築へ。 |
単に PC 1 台での 「文書管理システム」があっと言う間にここまで進化してしまった。初期の段階で誰がここまで予想しただろうか?
従来の開発スタンスは 「モノ ( 製品 )」をつくる事であり製品である以上、 3 年も 5 年も使えることが前提となる。そのため将来を予測し大きなコストと多くの期間をかけてシステムを開発した。ほとんど無駄になることも知らずに。逆に多大なコストでつくってしまったシステムが足かせになり会社の成長を妨げることもありえるのに。
私たちのシステム事業は 「システムライフソリューション」である。このコンセプトはシステムをモノ ( 製品 ) でなく 「生き物」 としてとらえ 「小さく生み出し、大きく育てる」ことである。
生み出す工夫 |
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育てる工夫 |
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これからのシステムはますます変化がスピードアップする。システムを運用させながら成果を確認しつつタイムリィーにシステムを進化しつづけるこの 「システムライフソリューション」が今回の事例を見るまでもく重要であることはご理解いただけると思う。
最近、私たちの 「システムライフソリューション」に近いコンセプトを打ち出してきた SI ベンダーが出始めたことはうれしい限りである。